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『雑感』

稀に更新します。

日本アカデミー賞のお話

 

 

ここ数年、日本アカデミー賞の「中途半端な存在感」が気になります。

大手映画会社配給の作品が受賞した時、海外の映画祭で賞を取った作品が受賞した時、独立系の評判高い作品が受賞した時で、それに対する世論が一貫していない点も気がかり。送受両者に都合良い反応が印象的です。
最も、これを「解消する」必要は無く、SNS普及等による価値判断の「揺らぎ」を払拭すれば変わるはず。

それよりも中途半端な存在感で、良くも悪くも権威や時代性に長けておらず、妙に業界臭く、妙に格式があり、結果受賞作品に偏りが生じる点が問題と感じます。また、ビートたけしさんの“各映画会社の持ち回り”発言を取り上げる大手メディアの意識、主催者側の血相を変えた反論にも違和感があります。賞の創設経緯及び会員・作品要項を踏まえて、過去北野映画に対する反応を見ると、持ち回りの良い悪いが“真”でない事は明白です。

他にも、裏方に贈られる賞の遍歴。上下関係の厳しい技術畑で、公平な投票は行われているのか。
また、本家アカデミー賞会員の渡辺謙さんが「とにかく映画を見ないといけない」と話していました。3000人~4000人近い会員が年会費2万円の会員証(フリーパス)を持っている日本の方。果たして何人が年間100本以上、映画を見ているのでしょうか。何人が会員証の使えないミニシアターに足を運んでいるのでしょうか。
当然暇人ではないから(とはいえ、サラリーマンでも年間100本以上見ている人は知っている)100本は無理でも、話題作や有名監督の作品に限らず、幅広く見て欲しい。映画認知の側面を考えても重要に感じます。

テレビ中継も行われ、劇場等で大々的に宣伝される日本国内の映画賞は日本アカデミー賞だけです。
少なくとも、高倉健擁する『幸福の黄色いハンカチ』が総なめにした1977年(初回)、五社英雄『陽暉楼』を巡る1983年、『海と毒薬』が無視された1986年より業界の体質はマシ(?)なはず。また踊る大捜査線』『半落ち』『東京タワー』が受賞した頃よりは観客の目も肥えており、映画を見る機会が少ない人たちに向けた賞の側面を再考した上で、民意と品位に欠ける偏り方を避ける事は可能なはず。
映画ファンには関係ない話ですが、毎年その意義や疑問が取り沙汰されるならば、もう少し掘り下げて欲しい。そう感じるのですが、大半の映画ファン以外にも「どうでも良い」話である事は何とも言えません。 

 

以下適当 

 

最優秀作品賞:◎シン・ゴジラ
⇒ノミネートが「東宝」「東宝(電通)」「松竹(博報堂)」「独立(博報堂)」「TBS(電通)」とか。
最優秀アニメーション作品賞:◎君の名は
⇒死んでも『この世界の片隅に』には渡さないでしょうね。
最優秀監督賞:◎李相日
⇒死んでも庵野には渡さないでしょうね。
最優秀脚本賞:◎新海誠
⇒絶対性を貫き多くの観客を魅了した訳だから。
最優秀主演男優賞:◎松山ケンイチ
⇒ここが安牌になりそう。ジャニーズに渡すと批判が。
最優秀主演女優賞:◎宮崎あおい
舟を編むで取れなかったし。ところで岡田君とは近い席なの?
最優秀助演男優賞:◎森山未來
⇒は、確かに良かった。『SCOOP!』リリーさんはもっと良かったけど。
最優秀助演女優賞:◎市川実日子
⇒「石原さとみを差し置いて」取るかは知らん。宮崎あおいが両取りで話題にするのは勘弁願いたい。

 

どうせ『怒り』が総なめするんだろうと、思っていますけどね…。