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『雑感』

稀に更新します。

『存在の耐えられない透明さ』が46系の表題曲っぽいタイトルな件

 

 噂のホームページ『存在の耐えられない透明さ』

もしかして『存在の耐えられない軽さ』のオマージュでしょうか…?
作詞・秋元康でも違和感ないタイトル。「ミスター思いつき」幻冬舎見城徹社長なら普通に有り得そうだから怖いです。恐らく乃木坂46の表題曲。センターは西野七瀬じゃないかなと妄想しました。
冗談はさておき・・・例のHPは「意図的に」自己愛に満ち溢れた内容を構築していると推測出来ます。
ロマンポルシェロマン優光さん(掟ポルシェさんの相方)がコラムで『絶歌』を「自己表現の欲に負けて物語を綴ろうとしてしまっている」と手厳しく評価されてました。
ロマン優光連載33 http://bucchinews.com/subcul/5203.html 引用です。

先日何とか『絶歌』を読む事が出来ましたが、並行して開設されたサイトを含めて「すごく頑張ってる…!!」感が滲み出ています。イメージ通りの画を撮影するのに一生懸命ナメクジを育成・誘導したり、何度も何度も写真を撮り直しては修正して…時間を掛けているなと。狂人になろうと「頑張っている」感が丸出しです。

…結果、頑張っているだけ。これに尽きるのかなと。酒鬼薔薇某は作品の後にメイキングを公開していますが、これ映画でも「蛇足」なんですよね。最たる例が羽住英一郎監督『海猿』『ワイルド7』のNG集+EXILEダンス披露。ピクサー映画のEDを意識していると推測出来ますが、あれはギャグですから。今回の場合、酒鬼薔薇氏の「気持ち悪さ」や「不快感」より「取り組んでいる真面目さ」が際立ってしまい、全然怖くないんですよね。

彼の拘るナメクジは村上春樹の影響かと思います。
傑作(?)『ノルウェイの森』で、主人公の先輩・永沢さんがナメクジ3匹を呑み込むシーンがありました。あれは気持ち悪かったですが、今回は「頑張っている」感じ。そこら辺のグロサイトの方が狂っていると思います。

世間では忌み嫌われる蛞蝓(ナメクジ)ですが、松尾芭蕉の弟子・内藤丈草は俗界を捨てて生きる姿を「殻を捨てたナメクジ」と準えたように、その自由奔放な生き方やひらすら前進あるのみの習性を「後ろを振り返らない」意思を喩える事が出来ます。「三すくみ」という故事成語があるように、本来ナメクジは蛇が恐れる程の存在(諸説あります)で、カタツムリのように殻に籠らず、自由且つ反体制的な世界を這っていると聞けば、これが格好良く思えるのが、不思議な感じです。ますます歌詞の世界になってきたぞ…。

彼はナメクジの生き方を「カッコいい」と思ってるはず。卑下はしていない。
ロマンさんの見解「彼は自分のカッコ悪いところは未だ書けてない」にも通じますね。ナメクジを用いた表現。見れば見るほど「村上春樹の世界(`普通`の世界)に憧れた内容ではないか。そして、普通にツまんないという。

見城徹は彼に何を期待したのか(´・ω・`)…
せめて表題は『私は怪(かい)になりたい』by三代目魚武soul brothersという感じが良かった(良くない)。

彼はこれからも「狂人になりたい」という精神と努力を継続させないと、作品を発表し続けないと、社会的にも、肉体的にも、精神的にも生きられない。それ以外の道を選択出来る猶予はあったのだろうか。この辺りは気になります。事件の爪痕が癒えるには、彼の存在を「消す」事だと思います。しかし、それで良いのだろうか。
著書よりも周りの反応によって不思議な気分にさせられた騒動でした。