『雑感』

稀に更新します。

うずまきのお話。

 

 

高校受験を控え始めた頃から、漫画との距離が生まれ始めた。
(幼稚園の)年長で「月刊コロコロコミック」。(小学校)低学年で「週刊少年ジャンプ」「週刊少年サンデー」。(小学校)高学年で「週刊ヤングマガジン」「週刊モーニング」。以前は自分の生活習慣に漫画の入り込む余地があった。それが、ある日を境に殆ど手に取らなくなった。本屋さんで単行本コーナーを物色する行動も減った。
明確な理由はないけど、"疎遠の訪れ"を迎えてしまった。気が付いたら、家にある漫画を全て手放してた。

新しい生活を始めるため、"それまでの習慣を棄てる"という考え方がある。これに近いのかもしれない。
時が経てば、そのうち漫画と和解する日は来るのかもしれない。いまは望んでないけど。

何気ない会話の中で「好きな漫画のキャラクターは?」と聞かれる。どうしても答えに詰まってしまう。
全く浮かばないからだ。少年漫画に自分の人生哲学を求めることもないし、むしろ嫌いな人物の方が多い。
とりわけ、昨今の特殊能力を多用し過ぎる主人公には共感できない。屈強な精神論にも共感できない。

ただ、"好きな女性キャラクター"がいる。「うずまき」の主人公・五島桐絵だ。
ホラー漫画界を代表する作家・伊藤潤二。その奇怪な造形や恐怖表現は、身体に受け付けない人も少なくない。しかし、伊藤作品に登場する女性は皆美しい。絶世の美女にして、不死の身体を持つ性悪女・川上富江
バラバラに解体されても、決して血生臭さを感じさせない。"アイドル性の高い"伊藤作品を代表する女性。
決して共感は出来ない、羨望もないだろう。単純に「好き」という感情だけが、読者に芽生えるのだ。

これに対して、五島桐絵は怪物ではない。純粋な女性かもしれない。最後は容易に不条理を受け入れてしまう。
良し悪しは別にして「好き」なんだ。"うずまき"は逃れられない"死"を意味する。桐絵を愛する男性・秀一は、頻りに"うずまき"が支配する町からの脱出を提案するが、結局逃れることは出来なかった(選ばなかった)。
その上で(流れに身を任せる中で)何を重要視するか。この辺りは、息苦しい人間社会との共通点も伺える。

不条理なホラー作品に「逃げ道」はない。そう易々と「建設的な答え」は見いだせない。
それでも、絶望に陥らない希望が一筋ある。芸術性の高い"うずまき"描写と美しい桐絵の姿を見て欲しい。
映画化もされているが、その良さは漫画版の方が味わえる。両方お薦めは…出来ませんが。興味ある人はね。

 

 

映画「うずまき」はHiguchinsky監督のカルト映画。決してお薦めは出来ない。

youtu.be 初音映莉子が可愛い。演技なんて出来なくていいんだ。雰囲気があれば。

大杉漣の"うずまき"に魅了された演技が恐ろしい。阿部サダヲ手塚とおるの怪演にも注目したい。
ヒトマイマイの動きやVFXを用いた"うずまき"表現は(この時代を考えると)悪くない。

 

東宝怪奇特撮シリーズの「マタンゴ

youtu.be 水野久美の美しさ(というより、エロさ)。これを小学生で見た自分がいる。

同作は「うずまき」と異なるクライマックス(選択しなかったクライマックス)と言えるかもしれない。
享楽に傾くことの恐ろしさ。愛のないセックス。違和感の正体は間違いないのかもしれない。