『雑感』

稀に更新します。

「SPEC」が完結したお話と邪馬台国と日ユ同祖論的な。

 

 

先日「劇場版 SPEC〜結〜」の「爻ノ篇」が公開されました。

youtu.be TVスポットで大体どうなるか分かる風潮。何とかならないのか…?

3年にわたる「SPEC」シリーズが完結。
改めて本作は、堤幸彦氏が90年代後半から手がけてきた作品群の「総決算」に位置付け出来ると感じました。

米国ドラマ(映画)の影響を多大に受けた堤の代表作「ケイゾク」「トリック」を通し、その根源にある創作神話の世界観と結末を踏襲…なんて"大層なもの"ではなく、パロディ要素やシュールな笑いと、ハードな戦闘・推理場面が交雑し、物語に張り巡らされた伏線が回数を経るごとに浮き彫りとなる「典型的な堤演出作品」です。

堤とその師・秋元康は「後付けで伏線を繋げる」傾向がある。物語の風呂敷の広げ方は天下一品ですが、繋ぎ切れなかった多くの"謎に満ちた場面"や"鍵を握りそうな用語"が宙に浮き(結果的に)ミスリードと化する。終盤の大味な展開は映像技術と音楽頼みで、ご都合主義に陥るのは恒例。メッセージの説教臭さや詭弁も目立ちます。

そんな感じで「好き嫌いは分かれる」と思いますが、堤の痛手は「20世紀少年」「BECK」の"実質的な"失敗。興行収入は概ね成功した様ですが、これほど各方面から酷評された作品はありません。何も解決していないし、登場人物に共感できないし、演出は酷いし、メッセージは詭弁だし、ただただ上映時間が長いという。 
制作と撮影の規模を考えると「2000年代を代表する邦画」として広く紹介されそうなものですが…そりゃね。

巻き返しを図るべく「ケイゾク2」として制作されたTVシリーズ。未解決事件を引き起こす犯人が、特殊能力を持った人間(SPECホルダー)というアイディアは、低視聴率ながら多くの若いファン獲得に繋がりましたね。
12年春に公開の劇場版では「人間とSPECホルダーの人種規模の対立」が(警視庁の管轄内で)繰り広げられる。箱庭スケールの人種戦争は正に「TVドラマの延長線上」次作への持ち越し方まで"狙い通り"に感じました。

そして。最終章は「人間とSPECホルダーの人種戦争」が、"極限の箱庭スケール"で決着することになります。
(伏線の貼り方からも)結末自体は想定通り。人間とSPECホルダーの人種戦争を「両者を仲介する使い(天使)」が、両サイドの協力者(瀬文,ニノマエら)と共に終結させる。但し、説明台詞が多くて観客は集中力を欠きそう。
この決着の仕方は「仮面ライダー龍騎」や虚淵作品に近いですが、その根源には数々の創作神話がありますね。

さて、"シンプルプラン"の正体は「ぼくらの勇気 未満都市」の逆パターン。これは良いとして。
SPECホルダーの正体が"旧人類"で、彼らの代表が北大路欣也演じる"卑弥呼"という下りは気になりました。
これは推測ですが、堤氏は宮崎康平の「邪馬台国九州説」と古田武彦の「邪馬壹国と大和朝廷の対立」に着想を得たような気がします。後は"日ユ同祖論"にも。何を隠そう彼は「まぼろしの邪馬台国」の監督ですからね。

すなわち、旧人類は(列島ルーツの)邪馬台国ユダヤ人を含む"イスラエルの失われた10支族"を意図している。
特殊能力者の正体も"日ユ同祖論"に乗っ取り、邪馬台国(卑弥呼,セカイら),ユダヤ(湯田?),回族(マダム陰陽姉妹,サトリの雇い主も中国系だった),エチオピア系(ナンシー,餃子屋女将),セファルディム(城田優)に分類出来ます。最も"日ユ~"は眉唾もので邪馬台国も諸説ありますが、オカルト要素に着想を得ること自体は問題ありません。

劇中、向井理が語る「先人類を滅ぼして発展した現人類から、この世界を取り戻す」は、白村江の戦いで大陸側(隋)の協力を経た大和朝廷が、邪馬台国を滅亡・吸収したことに対する復讐…という妄想はいかがでしょうか。
結果的に「20世紀少年よりもオカルトでぶっ飛んだ作品」に位置づける事が出来ました(笑)

堤幸彦自身が「自身の過去作を模した"TV的な"映像作品」をリセットしたい"セカイ自身"なのでは?という妄想も捗りますが、それは彼が今後発表する作品の方針によって分かることでしょう(多分変わらない気がする)。
いずれにせよ、SPECシリーズは自身が手がけてきた作品群の"総決算"と言えそう。一先ず、お疲れ様でした。
ハッキリ言って「真面目に見る方が馬鹿を見る」作品なので、鑑賞は自己責任でお願いします。