読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『雑感』

稀に更新します。

「アイドル≠アーティスト」の今更感

 

鹿野淳×柴那典の対談には少し落胆しました。

http://www.nexus-web.net/s_s2012/index2.php

面白いのは「アイドルビジネス&戦略」批評の部分。「AKBが与党になる事で野党が誕生し…昨今のアイドルブームに繋がった」とは、正に「アイドル界におけるコンサバ曲とリベラルソングの対比」にも通じる所があります。残念ながら「アイドル音楽」として「進化・熟成」する可能性に関しても極めて低いでしょう。実際AKBの楽曲は既に「原点回帰」と「変化球」を繰り返しています。それでも勢いは続きそうですが。

鹿野さんは現在ブレイクするSEKAI NO OWARIONE OK ROCKゲスの極み乙女を「エンターテインメントを作り上げるバンド」と評しています。これも同感です。パフォーマンス&振舞いでカリスマ性を漂わせても、音楽面は「ファンのニーズ」に寄せている。それは若者的な「漠然とした葛藤」を描く歌詞にも表れています。

この対談は「確かな才能がある人は、スモールパッケージ化されたマーケットの中でそれなりに世界に流通されていってる…」という話に繋がります。ジェイク・バグに限らずトム・オデールやエド・シーランといった「UKロックならマストで抑えたい」彼らは確かに「自分の音楽」を外に発信しており、カッコいいですよね。

日本に目を向けると、ボーカロイドやニコ動音楽を通じて…それこそ米津玄師さん、tofubeetsさんに限らず若手アーティストが続々と誕生しています。自らの表現を引き出し、それを披露する場所がネット(世界中)に移り変わり、今後は「これをビジネスに置き換える仕事が大切」という結論にはとても感銘を受けました。

しかし、この対談の前半は「アイドル論を無視したアイドル文化の批評」であるため、結局「今さら?」感があります。例えば『アイドル≠アーティスト』前提にしても、『アイドルは音楽を追及せず、ファンも望んではいない…』という指摘にしても、既に「アイドル論」の中では語り尽くされた事です。

対談の着地点も「アイドル音楽にはソウルがない」という前置きを無視して「アイドルのアーティスト化は議論されるべき」という提言(さして珍しい提言でもない)にすり替わっています。また「アイドル楽曲がロックシーンを席巻する」風潮を「面白いか、面白くないか」で済ませる事にも疑問があります。

また、柴さんが別視点から提言する度に、それに対する鹿野さんの受け答えはどうも噛み合っていません。

何より、音楽の中では傍流といえる「アイドル音楽」が売れている昨今の状況に対して、自分達(批評側)は一切責任を感じていません。AKBが台頭した頃は「音楽番組」「音楽雑誌」が非常につまらない時代でした。音楽との向き合い方が多種多様になる中で、ネット上で才能を輝かせる人たちの批評を今後も任せて良いのか?

掌を返したようにボーカロイド電子音楽を賞賛し始めた音楽雑誌を読む度にそう感じます。