『雑感』

稀に更新します。

「アイドル≠アーティスト」の今更感 ~クラウンカップ13予想~

 

 

鹿野淳×柴那典の対談には落胆しました。

http://www.nexus-web.net/s_s2012/index2.php

アイドルビジネスに関する記述は面白いです。「AKBが"与党"になる事で"野党"が誕生して、昨今のアイドルブームに繋がった」という点は、自分が考えるアイドルの"コンサバ曲"と"リベラルソング"対比にも通じる所があります。アイドル音楽の"進化と熟成"に関しても、ハロプロの様に苦戦が見られますね(ここ最近変化も?)。

実際、AKB48の楽曲は既に「原点回帰」を行っており、"革新"よりも"保守"を選んだ方針が伺えます。

 

鹿野氏は現在流行する"SEKAI NO OWARI"や"ONE OK ROCK"や"ゲスの極み乙女"を「エンターテインメントを作り上げるバンド」「ファンのニーズに寄り添ったカリスマ性」と評してます。言いたい事は分かりますが、そうした考えは「今に始まった事ではない」訳で。歌詞に関する論評も単なる"こじつけ"じゃないかと。

この対談は「才能がある人間は既に世界市場に流通・評価されている」という風な帰結をします。
トム・オデール、エド・シーランといった"UKロック界隈"。
米津玄師、tofubeetsといった若手アーティストを引き合いに「自らが表現したい音楽を引き出して、披露する場所」が"ネット上(世界中)"に移り変わっている。これをビジネスに置き換える仕事が大切」という結論なんですが…まぁ、それはそうなんですけどね。

メジャーレーベルはともかく、日本の"HIPHOP界隈"を見ても「何をいまさら」というお話ではないか。
既に自分達の力で(代理店,音楽会社の搾取を避けつつ)音楽発信を行っているアーティストは多いですけどね。

 

この対談の前半に関しては「アイドル論を無視した」アイドル文化の批評であるため、その大半は数年前にサブカル界隈で語り尽くされたお話ですよね。例えば『アイドル≠アーティスト』論にしても、『アイドルは音楽を追及せず、ファンも音楽性を望んでいない…』なる指摘にしても、周回遅れの結論だったり。

対談の終盤にある「アイドルの"アーティスト化"は議論されるべき」という提言は無駄もいいところ。アイドルが他の音楽シーンを席巻する風潮を感情論で語る姿勢には呆れてしまいます。まだこんなことやっているのか。

 

そもそも日本の音楽が取り巻く状況に対して、自分達(批評側)は一切の責任を感じていない。
特に"Jロック史観"の人たちは酷くて、そうした雑誌を手に取る事は自然と無くなりました。

AKBが台頭する少し前は「音楽番組」「音楽雑誌」が大変つまらない時代でした。いま世界を視野に才能を輝かせようとしている若手アーティストたちの批評を、こうした音楽評論家に任せても良いのだろうか?

とても回りくどく、こじつけだらけの音楽ライターが書いた記事を読む度にそんな事を感じます。

 

 

おまけ

クラウンカップ
エスケイロード
〇ヴェリイブライト
▲スマートパンドラ
△ヴィジタンディーヌ,ヴィクトリーケルブ,アメイジア

⇒大混戦。エスケイロードの末脚に期待。地重い馬場で一団馬群から外差しを狙う。
☆転入馬の取捨が難しい。オリミツキネン仔で人気高いスマートパンドラは内枠で砂被ると厄介。